カシスの抗ウイルス効果について

福島県立医科大学 医学部医学科微生物講座 教授 錫谷達夫

1.ウイルスの増殖特性

2009 年5 月、日本で初めてとなる新型インフルエンザA(H1N1swl)の最初の3 例が報告されて以来、新型インフルエンザは社会の大きな関心事となっています。流行の拡大が起こりつつある今、インフルエンザウイルスの感染・繁殖を食い止めることは急務と云えます。しかしその前に、私たちはまず、ウイルスという生物の特性を知る必要があります。

ウイルスは、植物(タバコ)の病気を起こす因子として、およそ100 年前に見つかった生物です。その大きさは、1mmの3,000~50,000 分の1。顕微鏡を使っても見ることができない、小さな小さな生き物です。ただし、生き物といっても、ウイルスは自分自身で増えることはできませんし、食べ物からエネルギーを得て運動することもできません。つまり、外界に存在する限り、ウイルスは単なる物質同然といえるのです。

ところが、いったん生きた細胞にもぐり込むと、ウイルスは細胞の力を借りて、”増殖して、子孫を残す”という生き物としての特徴を発揮します。細胞がもっている遺伝物質の複製装置や蛋白質の合成装置をのっとり、自分と同じウイルスを複製することで増殖していくわけです。非常に単純な生物ですが、それだけに、強い増殖力を持ち合わせています。

ただし、ウイルスが細胞にもぐり込むためにはまず、細胞表面の特定の分子と、ウイルス表面の分子がきっちりとはまらなくてはなりません。つまりウイルスは、繁殖するのに適した構造を持ち合わせる細胞にしか、感染できないのです。エイズが人にしか感染しないのも、ウマのインフルエンザが人に感染しないのも、このため。これを「宿主特異性」といい、インフルエンザウイルスは通常、種を超えて感染することができない、宿主特異性の高いウイルスと云われています。

2.ウイルスの増殖メカニズム

ウイルスが細胞にもぐりこむにはまず、ウイルスレセプター(受容体)といわれる細胞表面の特定の分子に、ウイルスが結合する必要があります。この過程のことを「吸着」と云います。

ここでカシスは、次ページの図で示すとおり、ウイルスの表面、あるいは、ウイルスレセプターの表面に結合して覆う成分を持ち、ウイルスの吸着を阻害するものと考えています。

(1)受容体に【吸着】したウイルスは (2)宿主細胞を飲み込む機能によって膜に包まれて細胞内に【侵入】し (3)やがてその殻をやぶって【脱殻】します (4)核に入り込んだウイルスは宿主細胞の機能を借りてウイルス成分の【生合成】を行い、RNA 遺伝子をコピーし、ウイルスタンパクを合成します※ (5)コピーされた遺伝子はやがて核を飛び出し細胞質でウイルスタンパクとともにウイルス粒子として【組立】てられて (6)細胞から【出芽】し (7)子ウイルスとして【放出(離脱)】されます。子ウイルスは再び近接する細胞へ【吸着】を行い、増殖をくり返していくのです。
※RNA 遺伝子は通常、宿主細胞の核の外で増殖するが、インフルエンザウイルスは例外的に遺伝子のコピーを核の中で行うちなみに、インフルエンザウイルスのウイルスレセプターはシアル酸です。
トリインフルエンザはトリのシアル酸に、ヒトのインフルエンザウイルスはヒトのシアル酸に結合します。これがインフルエンザウイルスの宿主特異性の一端を担っていることは、しばしば新聞等でも報道されているところです。

なおカシスの作用として、細胞内のウイルス増殖を抑える可能性も、旭川医科大学の実験により示唆されています。この実験では ⅰ)ウイルスを抑えるカシスジュースの濃度と、細胞に毒性が出る濃度に大きな差がない(細胞を傷害することでウイルスの増殖を抑えている可能性がある)、ⅱ)この作用を持つ物質が、少なくともマウスでは腸から吸収されないという2点から、細胞内の増殖を抑える作用機序には言及されていません。ただし、マウスとヒトの腸管での吸収特性は異なるため、ヒトで抗ウイルス作用を持つ物質が吸収されない、とは結論づけていないことを申し添えます。

3.カシスジュースによるウイルス不活性化実験

カシスジュースがウイルスの吸着を阻害する作用(不活性化)について、拙研究室では次のような実験を行いました。

シート状になった細胞にウイルス液を添加して感染させ、1時間ほど軽く混ぜながらウイルスを細胞に吸着させます。その後、そのシートに寒天またはメチルセルロースで粘度を高めた培地を加え、培養します。高粘度の培地を作ることで、細胞内で増えた子ウイルスは遠くの細胞に感染できなくなり、ウイルスは隣接する細胞から細胞へ広がるしか感染・増殖することができなくなります。その結果、感染した1つの細胞から隣の細胞、隣の細胞へとウイルスが広がるたびに、細胞はウイルス感染で死に、シートに小さな穴が開きます。この穴を「プラーク」と呼び、プラークの数を数えることで、元のウイルス液中に感染性を持ったウイルスがいくつ存在したかを知ることができます。

実験では、この細胞シートにウイルスを吸着させる操作過程に様々な濃度に希釈したカシスジュースを加え、プラークが減っていくことを観察し、吸着阻害作用を定量しています。なお、ウイルス吸着とカシスジュース処理は5 分。食品を長時間口の中に入れておくことは現実的ではないため、飴をモデルとして、吸着時間を5 分として実験を進めました。その結果、濃度2%のカシスジュースは、5 分間で、本来細胞に感染するはずだったウイルスの99%を感染できなくした(不活性化した)ことが実証されました。下表(表1)に、毎年流行しているA 型、B 型インフルエンザウイルスの感染力を、濃度2%のカシスジュールでどのぐらい抑制できるかをまとめました。

日本ではお茶に同じような作用があることが有名ですが、カシスやお茶は”食べるうがい薬”と云えるかもしれません。

日本カシス協会事務局